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フィフティーズ老ディーの自転車生活、夫婦でポタリング … リハビリで始めた自転車どこまでいけるかな…
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自分の自転車史 ~ 昭和50年代

小学校の高学年にあがる頃になると、周囲に、派手なフラッシャー付きセミドロップハンドルの黒いスポーツ車に乗っている友だちが増えてくる。トップチューブ上で、ひときわ存在感を主張する変速シフトレバーがまぶしかった。
フラッシャー付きの少年スポーツ車

自分はまだ固定ギアの幼児車。はずかしいので、徒歩で行動していた。

テレビやラジオで、「♪つつんつ、つのだ~♪、つつんつ、つのだ~♪」と、CMがさかんに流れていて、子供の物欲を刺激する。

ことあるごとに親にねだって、ついに、ノーブランドのセミドロップハンドル黒スポーツ車を買ってもらった。

フラッシャー装備とディスクブレーキはなかった。「どうせすぐに乗らなくなるから」という親の意向があって、かなり予算が削られた結果だ。

それでも、うれしかった。学区の中を自在に走り回れるようになって、行動範囲が飛躍的に広がった。変速があれば、坂道も難なく越えられる。文字通り鉄の塊の黒スポーツ車の重量は、20kgはあっただろう。だが、羽を得たような気分だった。

※小学校では子供だけで学区外に出ることは禁じられていた。


中学にあがったばかりのころ、名古屋市北区の実家から、友達と2人で知多半島を一周したのが、本格サイクリングの手始め。

12歳の少年にとって、初めての日帰り旅行であり、大冒険だった。野間灯台や師崎に着いたときの感動と達成感は、今でも忘れられない少年時代の想い出。

中学から、自転車通学ということもあって、自転車と毎日つきあうようになった。

自然と自転車に興味がでてきて、本屋でサイクルスポーツ誌を立ち読みするようになる。当時から、サイスポ誌面は広告であふれていて記事は少なめ。その広告を眺めるのが楽しかった。

ニシキのような高級ロードレーサーは、さすがに、別世界の乗りものだった。
カンパのパーツを付けたイタリア製ロードレーサーは、スーパーカーのような存在に思えた。

※昔は、ロードバイクという呼称はなく、ロードレーサーと言っていた。


当時の世は自転車ブーム。ランドナーやスポルティーフが人気車種で、国産メーカーのブランド、エンペラー、ロードマン、ルマン、ユーラシアは、中学生にも手が届きそうなところにある気がして、心を惹かれた。

すっかり自転車少年になっていた自分は、荷物を山積みにして野宿をしながら走るキャンプ・ツーリングよりも、なるべく早いスピードで長距離を1日で走り切るファストランのスタイルに、魅力を感じていた。

親を口説いて、皿洗い、掃除、芝刈りといった、家庭内アルバイトに励む。
中学2年で、ミヤタのルマン・スポルティーフを買った。クロモリフレームで重量は12.8kg。自分で持ち上げられる軽さに驚いた。

ルマン・スポルティーフに似たコンセプトのユーラシア・スポルティーフ
ミヤタ・ルマン・スポルティーフのカタログ画像がどうしてもみつからないので、同時代のライバル製品ユーラシア・スポルティーフを掲載。雰囲気やスペックはよく似ている。


近所の自転車屋のおやじがスタンドをサービスでをつけてくれたのに、「カッコ悪いから」という理由ですぐに取り外してしまう。

初めてのドロップハンドルには、面喰った。身長の伸びを考慮して、フレームサイズもちょっと大きめを選んだこともあり、最初の印象は「なんて、乗りにくいんだろう」だった。

フロント2段、リア5段の10段変速には、どうやって使い分けるのだろうと途方に暮れたが、すぐに、その便利さがわかるようになった。クイックレリーズで簡単にホイールが外れる機構もおもしろかった。

ダイナモを使わず、ルマン・オプションパーツのバッテリーライトをフロント・キャリアにぶら下げるスタイルを気に入っていた。
バッテリーライト

※豆電球を単2電池2、3個で点灯する、文字通りの懐中電灯だった。


サイスポでよく目にして憧れていた、トゥークリップとストラップを取り付けた。初めのうちは、まったくストラップを締めずにユルユルにしていたが、それでも、度々、立ちゴケした。中学生ながら、自転車は左側通行というルールをきちんと守っていたが、車道側に転ぶこともあって危なかったと思う。


うろ覚えでは、愛車ルマンの標準ホイールのリムは、27インチのステンレスか、頑丈なアルミ製だったと思う。タイヤも太め。少しでも速く走れるように、ホイールを変えることにした。当時、国内に紹介されて間もない 700c規格のリムを試すことに。アラヤのアルミリム、シマノのハブ、ステンレススポークをカミハギサイクルで選んでもらった。

※現在のカミハギサイクルは、洗練されたスポーツバイク専門店になったようだが、当時は、親しみやすい庶民的なサイクルショップで中学生でも入りやすかった。逆に言うと、当時の自転車好き中高生が今のロードバイクブームを支えているのだろう。カミハギサイクルやカトーサイクルのような老舗は、数十年のときを経てリピート客をつかんでいる。


振れ取りは、自転車をひっくり返して、ブレーキシューとの間隔で見ればいいと教えてもらった。センターゲージは、カミハギサイクルの優しいお兄さんが、恥ずかしがりやの中学生に、中古を無料でゆずってくれた。1週間くらいかけて、初めて自分で組んだ。タイヤは、通学でパンクを避けたかったので、25Cを選択した。


700Cアルミリムに25Cの軽量タイヤを付けて初めて乗った時、そのこぎ出しの軽さに感動した。巡航速度も大幅に上がった。ただし、当時はスピードメーターを付けていなかったので、通学ルートにかかるタイムの短縮で巡航速度の向上を確認した。

ホイールを自分で組むなんて、こと自転車に限っては、ませた中学生だった。野球などの球技系スポーツがあまり得意ではなかった自分でも、自転車に乗っているときは、友達よりも速く走れる。コンプレックスから解放されて優越感に浸れた。ますます自転車が好きになっていった。

※つまり、ハンドアイコーディネーションが下手だった。水泳やスキー、ハードル走といったバランス系は平均よりも少し上くらい得意。中学1年の冬、校内マラソン大会で3位に入賞したりして、持久力にも自信があった。大学の学内スキー大会では新人戦で優勝した。


中学時代に自転車でよく一緒に走っていた友人は、競輪選手になることを夢みて、スポーツ系の高校に進学した豪脚だった。彼が、ほんとうに競輪選手を目指したのかどうかは知らない。


高校入学後のゴールデンウィーク、同級生5人で、ふただび、知多半島1週に挑んだ。グループで一緒に走るツーリングは、初めてのことで、とても楽しい経験だった。


そのうちに、ルマンの大きなロゴがカッコ悪いような気がしてきた。剥離剤で塗装をはがして、缶スプレーで再塗装。耐水ペーパーで水とぎして、ワックスをかけると、高校生にしてはきれいに仕上がった。
最初は、シルバーにしたが、すぐに飽きて、ブルーに塗り直し。自分では気に入っていたが、級友から「ゴミ袋みたいな色」と酷評されたこともあった。


軽さを求めて泥除けを外したこともあったが、さすがに、雨降りもある通学で泥除け無しでは走れたものではなかった。

受験準備に追われるようになって、愛車のルマンは、通学時間を極限にまで短縮するためのツールになった。毎朝、時間ぎりぎりまで布団を被っていたので、遅刻しないように必死でペダルを回す。それで、他の自転車よりも少し速かった。
それを「オレは自転車なら全校で最速だ」などと、青少年期特有の根拠のない全能感にひたって、うぬぼれていた。

※今思えば、ただ単に機材が有利だっただけのこと


中学・高校時代、つらい時期もあったが、愛車ルマンがいつも信頼できる相棒でいてくれたおかげで、乗り越えられたと思う。

東京の大学に進学したのち、徒歩中心の生活になったため、自転車とは疎遠となった。どこにでも電車で行ける、東京の交通機関の発達ぶりには驚いたものだ。学生時代は、とにかく歩いた。


それから30年ほど、自転車との縁が切れる。
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【 2013/04/27 (Sat) 】 自転車生活 | TB(0) | CM(2)
chief/MMR さん、はじめまして。

この歳になって、数十年ぶりにロングライドに出た時、少年時代の夢や希望がよみがえってくるような豊かな気持ちになりました。自分が今でも感じる自転車の魅力の一つに、『冒険心』を満たしてくれるというのがあります。

いつかどこかでお会いできるときっと楽しいでしょうね。
それが『冒険』のときだったりしたら尚更です。

【 2013/05/06 】 [ 編集 ]
大変、おもしろく拝読させていただきました。

『ロードレーサー』
僕も記憶のなかにあります。
僕の少年期の頃には[自転車ブーム]は過ぎておりましたが少年誌の特集か何かでランドナーベースに前後バッグを装備した『旅自転車』を見たのを記憶しています。

少し欲しかったのです。
なんとなく『冒険』ができるようで(笑)

少し時間にゆとりが生まれた現在...『冒険』をしております。
いつかどこかで御会いできると楽しいですね。


【 2013/05/05 】 [ 編集 ]
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プロフィール

老ディー

Author:老ディー
愛知県の真ん中あたりに在住のフィフティーズ自転車少年。
あることがきっかけで、30年ぶりに自転車の楽しさを再発見しました。
持病と上手に付き合いながら、日々マイペースで楽しんでいます。
フォーティーズの自転車女子も時々登場♪。

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